―― そりゃ，もちろん，僕だって，流れてほしいとは思っていたよ．思っていたけど…．
「2001年11月19日 午前3時20分頃，日本で1時間あたり15,000個の流星雨が見られる！」というマクノート・アッシャー理論を知ったのは一体いつのことだっただろう．信じたい気もするが信じられるわけがない．大体，流星「雨」なんてものの予想は競馬の予想のようなものである．データを積み重ね，過去数年間の実績を考慮し，万全の準備で臨んだ本番になって「おおっとー」なんてことになる可能性のほうが大きいのだ．
とはいえ，もしも本当に流星「雨」になったら，そしてそれを見逃したら，悔しいとかもったいないとかいう言葉では片付けられないほどのショックを受けるに違いない．つまり，「予想が外れてがっかりする」のと「流れたのを見逃してがっかりする」のとを秤にかければ，どうするかなんて考えなくてもわかる．死なばもろとも，毒を食らわば皿まで，騙されるなら最後まで．
今回の流星群に関して，マスコミの反応は思ったほど大きくない．マスコミが騒ぐと流れないというジンクスを思うと，これはとても嬉しい傾向だ．もちろん，「思ったほど」大きくないというだけで，実際には騒いでいるのだが．大体，ジンクスを信じて予想は信じないっていうのもおかしな話であるが，総じて天文屋というのはそういうものなのである．
―― え？ドーナッツ？食べない理由があるの？
今回一緒に観望に行くのは大学時代のサークルの友人2人．過去にも何度か一緒に星を見に行ったことがあるが，僕が東京に来てからは一度もなかった．誘ってくれるのは本当に嬉しいことである．
観望地は，過去にこの3人で何度か星を見に行った三重県南島町．光害がほとんどなく（漁船の灯くらい）視界はほぼ360度開けている．カノープス（南天の1等星．見ると75日寿命が延びると言われているめでたい星）があっさり見えてありがたみが感じられないくらい．おまけに人もほとんど来ない．
僕とYは東京在住，Bは奈良在住，ということで，集合場所は四日市付近に決定．当日の朝に新幹線で移動する僕とY．新幹線で星を見に行くなんて，随分と偉くなったものである．
11時前，名古屋着．次の電車への接続待ち1時間の間にお昼ご飯を．向かう先は「当然」ミスド．詳しくはミスド日記で．いい雰囲気の店でした．
さて，距離的にはすでに半分以上来ているわけだが，実は時間的にはまだこれから先のほうが長い．関西本線で1時間揺られ鈴鹿市の加佐登駅に到着，Bと再会．この感動の再会の時にズボンのベルトが外れていた奴が一人いたのは内緒（僕じゃないよ）．大量の観望用（というよりも撮影用）機材を積み込んだBの新車に乗って，さらに旅は続く．後部座席でいつの間にか眠りに落ち…気が付いたら観望地のすぐ側まで来ていた．
―― イベントは本番が始まるまでが一番楽しいものである，ただし今回は例外
観望地着．予想に反してすでに同業者らしき人の車が．本当に同業者なら何も困ることはない．こんな僻地にまでやって来て星を見ようという人なら，星を見る時のマナーも心得もわかっているに違いないからだ．しかし，万が一そうじゃなかったら…．心配は杞憂に終わる．話を伺うと，昨日から来てビデオで流星を撮影していらっしゃるとのこと．「昨日はあんまり流れんで」「正面に灯台ができたのが明るいで」「夜半から雲が流れてくるで」…先行き不安だ．
テントを張り，荷物を広げ，カメラをセット．そうこうしているうちにきれいな日の入り．地球照がはっきりとわかる見事な三日月．誰に向けた言葉でもなく「ありがとう」と言いたいような，そんな気分．
日が沈むにつれ鮮やかな紺色の西空が闇に溶け，闇が深まるにつれ無数の星が空を覆い，星が増えるにつれ天の川の流れまでもが輝き始め，そして…．こんな時にさえ「すげーよ」としか言えない自分の語彙力のなさを呪っても始まらない．とにかく，すごいのだ．この晴天と透明度が一晩続けば，そして，流星雨とは言わないまでもたくさんの流れ星が見られれば，期待は膨らむ一方．そんな期待を胸に，YとBに「23時になったら起こしてね」と言い残してテントへ．前日までの夜型生活の成果は一体どこに…．
―― Ride on shooting star♪（in `Ride on shooting star' by the pillows）
23時，約束どおりに起こしてもらってテントから這い出る．雲一つない空に煌くたくさんの星．
スーーーーーッ．
長っ！こんな長経路の流星は見たことがない．難しいので説明は省略するが，輻射点（天球上で流星が流れる中心にあたる点）がまだ地平線下にあると，長い経路の流星の割合が大きくなるのだ．それはわかる．わかるが，これだけたくさん見られるとは予想外．シューーーーーッ．
寝袋にもぐったまま空を眺める．まだ予想された極大時刻（一番流星が流れる時刻）までだいぶ時間があるのに，すでに数分間に1個，いや，1分間に1個くらいのペースで流れている．流れるたびについ「シュート」と言ってしまうのは同好会譲り．「シュート」ではあまりに芸がないということで，しばらく「ゴール！」とか「むー（？）」とか言ってみたが，やっぱり流れたら「シュート」．しまいには先にいらしていた同業者の方にまで口調が移ってしまっていた．恐るべし影響力，というか，それほどの影響を与えるくらい何度も言っていたということだ．
岡山の友人に電話したり，東京で見ている友達から電話がかかってきたり，あちこちと連絡を取りながらの流星観望．みんなと思いを共有できるのがこれほど嬉しいことってそう多くはない．
26時半ころから流星の活動は激しさを増し，1分間に数個〜数十個の流星が流れ出す．普段の星見では流星を見逃すと何だか損をした気分になるものであるが，この夜に限っては全然そんなことはない．高々数個の流星を見逃したからって何も悔しくない．寒さだって感じない．
スーッ，ヒューッ，シュン，ピューッ，ヒュヒュン，…．
極大時刻，27時20分頃．うわー，すげーすげーすげー，うわー．こんな感動的で幻想的で綺麗で…ああもう，言葉じゃ表現できないよ（いや，もちろん，身体でも表現できないけど）．流れるというよりも降っている，降っているというよりも落ちている．これは流星「雨」なんてものじゃない，流星「嵐」．うわー．
非常に明るい流星（火球），流れた後に煙のようなものが残る流星痕，こんな夜にあってもこれらは別格．だったはずが，27時を過ぎ，28時にもなる頃には珍しくもなんともなくなってしまう．何という贅沢．
時が経つのを忘れて空を見つめ続けるうち，東の空が少しずつ青くなってくる．ゆっくりと，名残惜しそうに明るくなる空に，最後のお別れとばかりに降り注ぎ続ける流星．素晴らしい夜の締めくくりは，透き通るような夜明け．こんなに綺麗な夜明けさえも恨めしいなんて．待ち遠しくない夜明けなんてものが存在するんだ．
―― お金で買えないものがある
テントで昼まで眠る3人．一番疲れていないはずの僕が一番最後まで寝ていたのは一体なぜだ？片付け，再び車で駅まで送ってもらい（さらに寝ていたような記憶が…），Bとお別れ．駅で電車待ちの間に夕刊チェック．第一面の記事と写真を見て余韻に浸る．
ミスドを除いて行きと同じように帰るYと僕．電車の窓からは昨日より少しだけ太った月．最後の最後まで美しい思い出．
この24時間に起こったこと，見たこと，感じたこと，忘れない．星空を好きになってからおよそ20年，迷うことなく，今までの星見の中で最高の一夜であった．
―― ありがとう，それ以外に，何が言える？
誘ってくれた友達に，
晴れた空に，
休みにしてくれた会社に，
予想してくれた研究者に，
こんなイベントにめぐり合わせてくれた奇跡に，
宇宙のゴミに，
ありがとう．